☆
英国から中国に着任した、医療宣教師ホブソン Benjamin Hobson(中国名:合信)が、1855(安政02)年に漢文に訳出し上海で出版した『博物新編』は、日本へも輸入され原本に句読訓点のみを施し、漢文の『博物新編』として出版された。
その記述は「・・地面上高約一百五十里人物皆処其中若魚類之在水魚・・」のごとくである。
かたや、1868(明治元)年には、原書の一部を婦人小児向けに意訳した『天変地異』(小幡篤次郎・慶應義塾同社)等も著された。
翌1869年には、原書の和訳版『博物新編訳解』初版が現れ、その記述は「・・地面ヨリ上高サ大約(オホヨソ)一百五十里、人物皆其中ニ処ル、魚類ノ水中ニ処ルカ若シ、魚、水ニ頼(ヨリ)テ・・」と、とても親しみやすい。
『博物新編訳解』の内容は、物理学・天文学・生物学にわたり、図が多用されていることで理解しやすく、鎖国・封建社会に生きてきた人々が、幕末〜明治初期の激動期に競って読み、驚き、文明開化を実感したであろうことは容易に想像できる。
☆
『博物新編訳解』
大森惟中 1874(明治07)年増訂再刻 青山堂
和本・黄表紙・全4巻5冊
☆
よしさんの『博物新編訳解』は増訂再刻であるが、「光論」に天文鏡・千里鏡と共に顕微鏡の図が示され、簡単な解説がなされている。
こういう書物の存在から、顕微鏡実物の渡来は、1850〜1860年代であろうかと思われる。
プランクトンウォッチャーよしさん
