2012年04月27日

風土記に描かれた神之池

風土記に描かれた神之池

元明天皇が713(和銅6)年に発した命により、和銅頃成立したと推定される常陸國風土記に、神之池(茨城県神栖市:旧鹿島郡神栖町)が記載報告されている。
武田祐吉『風土記』に、「郡の南二十里にして濱の里あり。東の松山の中に一つの大きなる沼あり。寒田といふ。四五里ばかり。鯉、鮒、住めり。沼の水、輕野の田に流れ漑ぐこと二里許、あらゆる田少しく潤へり。」とあり、
常陽藝文センター『常陸國風土記』に、「郡の南廿里に濱の里あり。その東の松山の中に、一つの大きなる沼あり。寒田と謂ふ。四五里ばかりなり。鯉・鮒住めり。之万・輕野の二里に有らゆる田、少しく潤へり。」と、関 南沖元茨城大学教授の読み下し文が見える。

神之池(ごうのいけ)
http://lake-champ.com

香島の郡(かしまのこおり)は、香島の大神(かしまのおほかみ)に縁り、神の郡(かみのこおり)とも記される故、神之池(ごうのいけ)は、神之池(かみのいけ)ではあるまいか。
前牛久沼漁業協同組合顧問よしさん目
posted by よしさん at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 牛久沼
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